第二分科会

写真提供:岡崎 

タイトル

相対論的電子相関理論の開発と応用


 紹介文


卒研配属直後、スピン軌道相互作用や燐光といった現象が、相対論効果によるものであることを知り、学部4年生だった私はかなり驚きました。また、卒研当初はCe原子によるRNA切断の反応機構について応用計算を行っていたのですが、この遷移状態計算がうまくいかず、4年生の10月から急遽、先輩と一緒に相対論的基底関数の開発を始めることになりました。これがきっかけで相対論的量子化学の式、ディラック方程式と深くかかわることとなり、現在も相対論的電子状態理論を主な研究テーマとしております。さらに理論やプログラムを開発するだけではなく、サイエンスに応用しないと!とポスドクになりたての頃は強く思っていました。その結果、相対論的量子化学は予想もしない方向に私を運んでくれて、素粒子物理の問題、地球化学の同位体の問題、微生物の問題、重原子化学の問題といった扉が開かれてゆきました。私自身は、理論に対してもプログラムに対しても、いつもどこか半信半疑な気持ちがぬぐいきれないのですが、それでも自分で1行1行書いたプログラムが、最終的に実験事実をよく説明しサイエンスを語りだす醍醐味は、何にも代えがたいと感じます。

本講義では、自分が感じてきた学問への驚きや、素敵な研究者との出会い、なかなか完成しないプログラム開発の苦悩なども交えつつ、量子化学や相対論効果の理論の基礎から応用までをお伝えできたらと思っております。極力簡単に話しますので、お気軽にご参加ください。


講義概要(予定)

(1)シュレディンガー方程式は重原子系では正しくない!?

相対論的量子力学の基本式(ディラック方程式)とその特徴

(2)相対論的量子化学の近似的アプローチ

4成分法、2成分法、1成分法、スピン軌道相互作用

(3)量子化学の定量的な予測には電子相関が重要

静的電子相関、動的電子相関、様々な電子相関理論

(4)相対論的量子化学の応用例1 同位体の核体積効果(放射化学、地球化学、微生物?)

(5)相対論的量子化学の応用例2 分子で観測するCP対称性破れ(素粒子物理、原子分子分光)

(6)相対論的量子化学の応用例3 実験困難なアクチノイド化合物の物性を予測(原子力)




分科会担当者コメント

担当: 朝倉 由光 (電気通信大学)

第二分科会では、広島大学の阿部 穣里先生をお迎えします。

阿部先生はディラック方程式を基盤とした量子化学計算の理論を専門とし、ご研究では御自身の理論に基づく多数の計算プログラムを実装されています。特に、重元素を含む分子系における相対論効果に焦点を当て、その理論およびプログラムを用いて精密な電子構造や物性の解析を行われています。例えば、電子の電気双極子モーメント(EDM)の探査や核シッフモーメントの電子遮蔽効果の予測、重原子同位体における核の体積効果の解明、そして高次相対論項を含んだ電子相関理論の開発、等々に取り組まれています。

本講義では、電子相関と相対論効果を考慮した高精度な量子化学計算の理論及びその応用について深く掘り下げていただきます。電子相関理論は、ハートリー‐フォック近似では無視される電子間の相互作用(電子相関エネルギー)をいかに取り込むかを決める理論です。電子相関エネルギーを取り込むことで、複雑な多粒子系のエネルギーを高い精度で計算することが可能となります。また相対論効果の考慮についても、計算結果の高精度化という役割があると言えます。近年の計算機技術の進展を鑑みると、こうした高精度な量子化学計算が今後ますます手軽に行えるようになるだろうと思われますが、講義ではその理論基盤と、多岐にわたる実際の応用事例までを学ぶことができます。

計算プログラムの背後にある理論を学ぶことで、物理と化学の現象への洞察が深まり、計算結果から導かれる考察がより豊かなものになるはずです。量子化学の理論を研究する方のみならず、実験研究者を含む幅広い分野の方々の参加をお待ちしております。日本語の教科書ではほとんど見かけないディラック方程式に基づく量子化学の理論に触れることができる貴重な機会ですので、少しでもご興味のある方は前提知識などは気にせず、ぜひ積極的にご参加ください。